かつて1,000hとされた診断士の合格所要時間が、デジタル時代のコスパタイパに併せて450+150=600h(当サイト調べ)まで減少。そこで【学習時短】がどう図られたかの歴史を振り返ります。
そして中小企業診断士制度自体は100%ドメスティックでも、その背後には我が国のGDP増大+国際競争力の強化にある。その狙いはこの4年で達成されつつあります。
| 学習時短前の状況 | 時短による効果 | |
|---|---|---|
| 診断士の供給が不足し、地域や業界の経営課題に対応できる人材が限られていた。 | ①診断士の活躍ニーズの拡大 | 合格者増加により診断士が多様な現場で活躍し、経営支援の幅が広がる。 |
| 学習時間の多さが障壁となり、社会人が資格取得を目指しにくかった。 | ②ビジネス領域でのリスキリング | 学習負担軽減で再学習のハードルが下がり、多分野の知識習得が進む。 |
| 長時間の学習が知識重視の試験に偏り、実務対応力が測りにくかった。 | ③スピード競争時代に備える | 限られた時間で成果を出せる人材を評価する試験体系が構築される。 |
【年忘れプレイバック】1次試験易化の歴史 / 人数制限の大幅緩和
R1からの「1次」ド易化の歴史を辿るには、それ以前の過去を知るのが大事。つまり「2次」の採点制約上、その受験者を5,000人弱(正確には4,600名)にするために「1次」合格者数を絞る必要があり、そのための恣意的な難化や悪問が非難され、今の易化に至っています。
Step-1:2次受験数を調整する狭き門
R1から「1次」が緩和され、翌年の「1次」免除者が積みあがってR3に「2次」受験者数が9,000人の大台を超えたと同時に、「2次」合格数はそれまでの1,000名前後→1,600名に爆増する空前のバブル採用に。
上述の通り政策的に学習時短+バブル合格を実現するには、「1次」の難度を下げて「2次」を2割のガチャにする。またその前提に【2次採点技術の革新】があったと伺えます。
試験委員はそれぞれの学問領域の専門家であり、7科目を通じて専門知識を幅広く普及させる役割を果たします。「1次」試験は、多様な専門性を受験者に伝えるための重要な場として位置づけられています。
「1次」試験は、合格者数の調整を通じて「2次」試験の受験者数を管理する機能を持ちます。政策的に合格者数を操作することで、「2次」試験の受験者数を適正な範囲内に絞り込む役割を担っています。
「1次」試験は4択マーク形式の回答データをビッグデータとして蓄積・分析し、試験の難易度を自在に調整できる仕組みを持っています。これにより、年度ごとの政策的な試験設計が可能となっています。
Step-2:爆弾科目~科目ド難化の時代
どれが「悪問」「クソ問」かといえば、H22とH25「経済」、H28「情報」、H30「法務」のように特定調整が行われた年であり、この結果、「2次」受験者枠=5,000名弱(正確には4,600名)と世間に広まりました。
特定科目に難易度の高い問題を意図的に配置することで、受験者全体の合格率を下げます。難問を出題することで合格者数が調整され、難易度のバランスを保ちます。
科目免除を選択した受験者は、難化した科目に当たる可能性が高くなり、そのリスクを回避するために7科目同時受験を推奨する方針となります。これにより受験者数の調整を図ります。
合格者数を制限するため、十分な学習時間を確保することが求められ、800時間以上の学習が目安とされました。これにより、合格者を一定のレベルに絞り込むことが可能となります。
Step-3:合格緩和で全入時代
「1次」試験が難しすぎる、ヘンテコすぎる。試験委員はもともとマイ学問を広めたい=受験&合格増は歓迎なので、その批判を受けてR1から一気に試験を易化させました。
少子高齢化の影響を受けつつ、診断士試験は特に中高年層をターゲットにしており、その受験者数は増加を続けていました。高齢化に対応しながら、受験者数を維持・増加させることが試験委員の目標の一つでした。
試験内容が難しすぎるという批判が高まり、それが試験内容を易化させる契機となりました。試験委員は元々、受験者数の増加を目指して試験を易化させることに意欲的であり、批判を受けてその方針を加速させました。
R1年度から試験の易化が継続し、その流れが確立しました。その結果、450時間程度の学習で全員が合格できるという新しい時代が到来し、受験者の負担が軽減されつつも合格者数が適正に維持される仕組みが整いました。
今日のまとめ
「2次」1,500名強の合格バブルが続くとはいえ、その合格率=例年18.1%の据え置きで難関資格の呼び声は変わらない。であれば「1次」をド易化させて学習時短を図る主催者方針には納得できます。